一郷山城

  • 読み:いちごうやまじょう
  • 別名:-
  • 所在地:群馬県多野郡吉井町(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:山内上杉氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成20年12月16日

一郷山城は、永享10年(1438)に起きた永享の乱で鎌倉公方と対立した関東管領山内上杉憲実が平井城に移った際、その西の守りとして新堀城と共に築いたのが始まりです。牛伏山東峰一郷山の山頂に築かれた一郷山城は、主に狼煙台としての役目を追っていたと考えられています。
永禄6年(1563)2月、西上州に侵攻した武田信玄はその緒戦として一郷山城を攻撃。一郷山城側は大石を落として防戦しますが、その大石が麓の見銘寺を押しつぶし火災が発生。火災は城域にまで延焼して城兵は全滅し、落城しました。
現在は牛伏山公園となっています。

北麓の日帰り温泉牛伏ドリームランド付近から見た一郷山城。
模擬天守の姿が目立ちます。

模擬天守。
中は資料館と公園の管理事務所になっています。
この辺りが主郭でしたが、公園化に伴い遺構のほとんどは残っていません。

模擬天守から高崎・前橋方面をみたところ。
この場所が狼煙台に最適であったことがよくわかります。

公園内にある牛の石像。
山頂に露顕した岩を彫刻したものです。

牛伏山西峰琴平山に建てられた琴平神社。

琴平神社のさらに西に建てられたNHKのアンテナ。
牛伏山にはこのほかFM局のアンテナも建てられています。

関東管領山内上杉氏が平井城の西の守りとして築いた城です。現在は牛伏山公園となり、遺構はほとんど残っていません。