金原城

  • 読み:かなばらじょう
  • 別名:白狐城
  • 所在地:群馬県吾妻郡東吾妻町(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:金原氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成20年5月24日

築城年代ははっきりとしておらず、千年以上前の築城とも伝えられています。応永年間(1394年~1427)に金原左衛門尉が居城としていたと伝えられています。
別名の「白狐城」は、この近くの地名・箱島の「はこ」の音を当てたものではないかといわれています。

奥田川の対岸、旧東村役場から見た金原城。
金原城は、北へ流れる奥田川が東へ流れを変える位置にある舌状台地の上に築かれていました。

北側に残る腰曲輪。
城の北を走る県道から続く大手道を登ると、この曲輪が見えてきます。

三郭と思われる曲輪。
写真奥には城門跡と思われる遺構があります。
二郭と三郭は低い土塁で仕切られているだけで段差はなく、この三郭と思われる曲輪も二郭の一部なのかもしれません。

二郭と思われる曲輪。
上の写真の南側に広がる曲輪で、現在はゲートボール城になっています。写真右方向には、忠魂碑が建っています。
奥の土塁の上は、主郭と思われる曲輪になっています。

主郭と思われる金原城最高所の曲輪。
大部分が畑になっています。

奥田川右岸の舌状台地の上に築かれた城です。この城の詳細はほとんどわからず、金原左衛門尉が居城としていたことだけがわかっています。