荒戸城

  • 読み:あらとじょう
  • 別名:-
  • 所在地:新潟県南魚沼郡湯沢町
  • 主要城主:上杉氏、北条氏
  • 文化財指定:新潟県指定史跡(昭和51年5月31日)
  • 訪問日:平成20年11月8日

天正6年(1578)に上杉謙信が急死した後、上杉景勝(坂戸長尾氏出身)と上杉景虎(北条氏出身)が後継者の座をめぐって争った御館の乱の際、景勝が景虎支援の北条氏の侵攻を防ぐために築いた城です。同年8月、北条氏はこの城を奪い取り、さらに北の坂戸城を攻めます。しかし、同盟関係にあった武田氏が景勝支援回り、さらに景虎本人が殺されたこともあって、北条氏の越後進出はうまくいかず、翌天正7年(1579)3月、景勝派が荒戸城を奪還します。以降、荒戸城は三国峠を押さえる番所として機能し、上杉氏が会津へ移った後も、幕末までその機能を有しました。

国道17号の芝原トンネルの真上に残る旧三国街道。
この先から上へ登る道が荒戸城の大手です。

大手口。

大手口から5分ほど登ると二郭の下に到着します。
下草もなくきれいに整備されています。

馬出し。

二郭。
坂の上は主郭になっています。
二郭の一部は主郭西側に向かって細長く伸び、腰曲輪のようになっています。

二郭の腰曲輪部分には竪堀が築かれています。

主郭虎口。
写真は二郭から登ってきたところです。

主郭。
土塁もしっかりと残っています。

三郭へ続く主郭虎口。

三郭。
土手の上が主郭になっています。

三郭から降りてきたところに搦手が設けられています。

北条氏による御館の乱への介入を防ぐために築かれた山城です。国道17号芝原トンネルの真上にある芝原峠に築かれています。一時北条氏に占領され、北条氏の北方最大進出線となりました。
大きな城ではありませんが、下草がまったくなく、とても見学しやすい城です。