甲府城

  • 読み:こうふじょう
  • 別名:舞鶴城、甲斐府中城
  • 所在地:山梨県甲府市
  • 主要城主:平岩氏、羽柴氏、加藤氏、浅野氏、徳川氏
  • 文化財指定:山梨県指定史跡(昭和43年12月12日)
  • 訪問日:平成19年9月1日

甲府城のある小山は、古くから城として利用されていたようです。この場所に城が置かれたことが文献に登場するのは、天正11年(1583)のことで、徳川氏配下の平岩親吉によって城が築かれたのが始まりとされています。
天正18年(1590)に小田原征伐によって北条氏が滅亡すると、国替えにより徳川家康は関東に移封され、甲府には羽柴秀勝が入ります。秀勝の死後は、加藤光泰、浅野長政・幸長らが城主となりました。
関ヶ原の戦い後には、甲府は再び徳川氏のものとなり、甲府城には城代が置かれました。
現在、城址は舞鶴城公園、山梨県庁、甲府駅になっています。

舞鶴城公園の北西の入口に当たる内松陰門。

本丸の西の入口になっている銅門。
写真は本丸の内部から撮影しています。

本丸。
甲府城の本丸はかなり凸凹しています。
本丸の東側には天守台が設けられていまが、どのような天守が造られていたのかはわかっていません。

天守台の上から本丸の南半分を見たところ。
石垣の上へ登るための石段が設けられているのがわかります。

天守台の上から本丸の北半分を見たところ。
甲府城が甲府市街の真っ只中にあることがわかります。

天守台の上から北側に位置する稲荷曲輪を見下ろしたところ。
写真中央は近年復元された稲荷櫓です。

稲荷曲輪。
写真は西から東に向かって撮影したところです。

稲荷櫓。
内部は見学可能です。

中の門。
本丸の南側を降りたところです。

二の丸を北から南に向かって撮影したところです。
現在は武徳館が建っています。
石垣の上は本丸です。

二の丸から楽屋曲輪を見下ろしたところ。
現在は山梨県庁が建っています。

本丸の南に位置する鍛冶曲輪。
石垣の一段上が天守曲輪。さらに上が本丸です。

甲府市街の真っ只中。城域に甲府駅や山梨県庁など、山梨県の重要施設を抱える城です。城址公園化され、櫓などの復元が進んでいますが、忠魂碑などが建ち、改変部分も多く見られます。天守台の上に乗っていたであろう天守については資料が発見されていないため、復元がなされていません。