打越城

  • 読み:うちこしじょう
  • 別名:内小屋城
  • 所在地:長野県上田市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:横尾氏、真田氏
  • 文化財指定:上田市指定史跡(横尾城とともに)(昭和47年4月1日)
  • 訪問日:平成21年2月28日

打越城の築城年代は不明ですが、横尾采女守が築いたものといわれています。天文19年(1550)の上田原合戦では采女守は村上義清に属して武田軍と戦い、戦死。残された幼君は家臣と共に上州へ逃れたと伝えられています。

翌天文20年に戸石城の村上義清を破った真田幸隆がこの地に入り、打越城は真田氏本城を築くまでの真田氏の本拠として利用されたと考えられています。

現在の城域は信綱寺の境内になっています。

真田氏本城から見た打越城。

古城緑地公園駐車場から見た打越城。
この山の向こう側に横尾氏・真田氏の居館があったといわれています。
打越城は、街道側から居館の様子をうかがうことを防ぐ目隠しの役目を負っています。

大手の枡形。
現在は信綱寺の入口になっています。

大手から続く道はなだらかな登り坂です。

堀切に築かれた信綱寺黒門。
この門をくぐり大柏山川を渡ると、信綱寺の本堂が見えてきます。
門の向こう側に三郭が見えています。

主郭から見た二郭の様子。
二郭の向こうには、墓地となっている三郭が見えます。
主郭、二郭、三郭が直線状に並ぶ単純な構造の城です。

主郭。

主郭背後の堀切。
ほとんど埋まってしまっています。

信綱寺。
長篠の合戦で戦死した真田信綱夫妻・昌輝の墓があります。
真田氏本城ができるまでは、この辺りが居館として利用されていたといわれています。

古城緑地公園。

真田盆地の西端、大柏山の麓の小山の上に築かれた城です。現在は城域のほとんどが信綱寺の境内になっており、三郭が墓地として利用されています。