枡形城

  • 読み:ますがたじょう
  • 別名:-
  • 所在地:長野県小諸市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:神輿寺勢力
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成21年4月26日

枡形城は、千曲川南岸に突き出した比高20メートルほどの台地の上に築かれた山城です。釈尊寺に属した付近の楽巖寺氏、布引氏らと呼応し、この地にあった神輿寺の関係者が寺を城塞化したものと推察されています。

天文17年(1548)に武田信玄が小諸周辺へ侵攻し、楽巌寺城、堀の内城を攻め、枡形城も落城したものと考えられいます。

千曲川対岸の富士見城から見た枡形城。
千曲川に向かって突き出した台地の上に築かれています。

主郭。
現在は年金保養センターこもろの敷地になっています。
写真手前に通路を横切るように堀が一つ。写真左に通路に並行するように堀が一つ設けられていたと考えられています。

駐車場入口に立つ枡形城址の碑。
現在ではここに城があったことを伝えるものはこの石碑のみとなっています。

千曲川南岸の年金保養センターこもろの敷地に築かれていた山城です。「枡形城」の名は、枡形遺構が発達していたためではなく、単に枡のような方形の縄張りであったことに由来するものと思われます。
遺構はまったくなく、石碑が一つ立つのみです。