福島城

  • 読み:ふくしまじょう
  • 別名:-
  • 所在地:新潟県上越市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:堀氏、松平氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成21年7月24日

福島城は、堀氏によって関川河口の右岸に築かれた城です。慶長3年(1598)に上杉景勝が越後から会津へ移封され、替わって春日山城には堀秀治が入ります。秀治は行政に便のいい海辺平野部へ新たな居城・福島城の建造を始め、秀治の子忠俊の代の慶長12年(1607)に城は完成します。

慶長15年(1610)に忠俊が改易になり、福島城には徳川家康の六男松平忠輝が入ります。しかし、4年後の慶長19年(1613)に忠輝は高田城を築いて移転。福島城は完成からわずか7年で廃城となっています。海と河川に近すぎたために水害が絶えなかったため移転したともいわれています。

本丸があったと考えられている古城小学校に立つ福島城址の碑。
碑壇の石垣は、福島城に使われていた石材です。

城域の南の堀は、現在では付け替えられた保倉川になっています。
保倉川は写真奥で関川に合流し、合流した関川は城域の西の天然堀となり、日本海に注いでいます。

関川の河口の右岸に築かれた平城です。日本海に面し、関川、保倉川、小町川などの水を引き込んだ海運を意識した大城郭でしたが、築城からわずか7年で廃城となっています。廃城の理由は、松平忠輝が日本海の荒波の音をうるさがったためともいわれていますが定かではありません。
現在は本丸付近に古城小学校が建つほか、直江津港の港湾関連施設が立ち並び、遺構はまったく残っていません。