御館

  • 読み:おたて
  • 別名:-
  • 所在地:新潟県上越市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:山内上杉氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成21年7月24日

御館は、北条氏康の攻撃を受けた平井城から脱出し春日山城の長尾景虎(後の上杉謙信)を頼った関東管領上杉憲政の居館として、永禄年間(1558~1570)に長尾景虎によって関川右岸の平野部に築かれた館です。後に関東管領職を引き継いだ謙信もここで政務をとったといわれています。

天正6年(1578)に謙信が急死すると、二人の養子景勝と景虎の間で跡目争い(御館の乱)が勃発。春日山城を脱出した景虎は御館に立てこもりますが、天正7年(1579)3月に景勝の総攻撃を受け落城。景虎は妙高の鮫ヶ尾城で自害し、越後を二分した御館の乱は景勝の勝利で幕を閉じました。

しかし越後上杉氏はこの内乱により衰退。配下の新発田氏が会津の芦名氏の支援を受けて独立し、織田信長配下の柴田勝家の越中方面進行を許すなどすることとなりました。

御館主郭中心部の御館公園。
説明看板と小さな石柱が立つだけで、遺構は何も残っておらず、周囲は住宅街になっています。

関川右岸の平野部に築かれた関東管領上杉憲政の居館です。二重の堀に囲まれた東西250m、 南北300mの大規模な館でしたが、御館の乱で落城し廃城となっています。
現在は主郭中心部に御館公園があるほかは住宅街となり、遺構はまったく残っていません。