高田城

  • 読み:たかだじょう
  • 別名:鮫ヶ城、関城、螺城、高陽城
  • 所在地:新潟県上越市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:長沢松平氏、酒井氏、稲葉氏、越前松平氏、榊原氏
  • 文化財指定:新潟県指定史跡(昭和29年2月10日)
  • 訪問日:平成21年7月24日

徳川家康の六男・松平忠輝が福島城を廃し、慶長19年(1614)に関川左岸の高田の地に築いた城です。築城は伊達政宗を奉行に天下普請で行われ、13藩の諸大名が動員されました。

元和元年(1615)、松平忠輝は大坂夏の陣での遅参により改易となり、以後、酒井氏、稲葉氏など徳川譜代が交代で城主をつとめ、榊原氏のときに明治維新を迎え、廃藩置県により廃城となりました。

三の丸。
現在は図書館の敷地になっています。

内堀にかかる極楽橋。

二の丸南部から本丸を見たところ。
土塁上の三重櫓は平成5年(1993)に復元されたものです。

二の丸西部から三重櫓を見たところ。
現在は二の丸西部から土橋が設けられていますが、往時には存在していませんでした。

本丸の土塁。

本丸内には、極楽橋の橋台に使われていたと推測されている石材があります

三重櫓から本丸内部を見たところ。
本丸の大部分は中学校の敷地になっています。

三重櫓から二の丸南部・三の丸を見たところ。

西堀と大手橋。
蓮は明治時代に食糧難に備えて植えられたものです。

松平忠輝が福島城を廃して関川左岸に新しく築いた輪郭式の平城です。現在は大部分が学校や図書館などの敷地になっていますが、市街地にありながらも堀や土塁がよく残されています。