茶臼山城

  • 読み:ちゃうすやまじょう
  • 別名:-
  • 所在地:新潟県上越市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:手島氏、黒金氏
  • 文化財指定:上越市指定史跡(年月日)
  • 訪問日:平成21年7月24日

茶臼山城は矢住地区に築かれた山城ですが、その築城年代や歴史についての詳細ははっきりしていません。御館の乱の頃は手島景行が城主を勤め、景虎方に属していましたが、天正7年(1579)に景勝方の攻撃を受けて落城。手島景行は柿崎浜から舟に乗り、阿賀北の島見浜に逃れたと伝えられています。また、慶長2年(1597)の「越後国郡絵図」には、「矢住村御料所 黒金分」とあることから、手島氏の後に黒金氏が茶臼山城に入っていたことが推測されています。

本城

砦の展望台から見た本城。
写真左側の水面は、農業用溜池の南溜池です。

本城の登り口。

主郭の東に設けられた堀切ですが、藪化してわけがわからなくなっています。

主郭。
南北30m、東西75mの広大な曲輪です。

主郭の西から北にかけて長さ28mの土塁が設けられています。

主郭の西には長さ72m、深さ5mの巨大な堀切が設けられていますが、藪化しています。
この堀切のさらに西に曲輪が続いていますが、鬱蒼とした藪に覆われています。

本城の登り口から見た砦。
主郭には櫓状の展望台が設けられています。

二郭。しかし二郭というにはかなり細長いように思えます。
奥にあるのは井戸で、落城の際に置き去りにされた姫が身を投げたという伝説が残っています。

井戸と主郭の間の堀切。

主郭。
櫓状の展望台が主郭の大部分を占めています。

南溜池の堤防上から見る矢住の水田。

置き去りにされ井戸に身を投げた琴姫の伝説が残る城です。城の詳細についてははっきりとしていません。現在城跡は茶臼山城跡公園になっています。