安田城

  • 読み:やすだじょう
  • 別名:-
  • 所在地:富山県富山市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:岡嶋氏
  • 文化財指定:国指定史跡(昭和56年2月23日)
  • 訪問日:平成21年7月25日

天正13年(1585)、富山城の佐々成政を攻める豊臣秀吉が本陣を敷いた白鳥城の支城として、井田川の西岸に築かれた城です。文献に登場するもののその所在が確定していない安城をその前身とする説もあります。前田氏配下の岡嶋一吉が城主を務め、佐々成政降伏後に越中が前田氏の領地になると、再び岡嶋一吉が城主を務めました。慶長4年(1599)、前田利家が死去すると、一吉は前田利家とともに加賀へ移り、安田城には代官が置かれましたが、その後間もなく廃城となったと考えられています。

右郭の入口。
土橋が設けられていますが、往時の土橋は水面下に設けられ、その存在が隠されていたと考えられています。

右郭入口から見た濠。
往時は井田川の水が引き込まれていました。

右郭。
安田城址復元がされる前は、地元の人に「カネツキドウ」と呼ばれていました。

右郭には安田城の復元模型が置かれています。
左奥の本丸、右奥の二の丸、手前の右郭の三つの曲輪で構成されています。
本丸の軸線が二の丸・右郭に対しずれているのがわかります。

右郭方向から見た二の丸。

二の丸。
東・南・西を高さ1.5mほどの土塁が取り囲んでいます。

二の丸の南の虎口。
江戸時代の古図にははっきりと描かれており、ここが大手であったと思われます。

二の丸と本丸を結ぶ通路。
土橋の上に木橋が設けられています。
本来、土橋は水面下に設けられており、木橋を撤去すると土橋の存在がわからないようになっていたと考えられています。

本丸。
周囲を高さ4mほどの土塁が取り囲んでいます。

本丸を取り囲む土塁。
幅は14mもあり、まるで曲輪のようです。

富山平野を流れる井田川の西岸に築かれた城です。廃城後、耕地として利用されていましたが、昭和50年代の発掘調査で「安田古城之図」に描かれたとおりの遺構が確認されたことから保存がなされ、国の史跡に指定されています。