白鳥城

  • 読み:しらとりじょう
  • 別名:呉福山城、五福山城
  • 所在地:富山県富山市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:今井氏、神保氏、上杉氏、佐々氏、豊臣氏、前田氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成21年7月25日

富山平野を一望する呉羽山丘陵に築かれた城です。古くから戦略上の要所であったと考えられ、弥生時代の集落も見つかっています。寿永2年(1183)には、木曽義仲配下の今井兼平が陣を張ったとされています。

戦国時代には、越中守護代神保長職が、上杉謙信の進攻に備えるために呉羽山丘陵を本格的に整備。永禄5年(1562)には神保氏はこの城に籠もって上杉氏と戦いますが降伏。城は上杉氏のものとなりますが、元亀3年(1572)には西から押し寄せてきた一揆勢によって白鳥城は落城します。

上杉謙信の死後は、織田信長配下の佐々成政が富山城に入り、白鳥城はその支城となります。信長の死後、豊臣秀吉と佐々成政は対立。天正18年(1585)の越中攻めでは、秀吉は成政が放棄した白鳥城に本陣を敷いています。成政降伏後、前田利家が富山城に入り、白鳥城は富山城の支城として慶長年間(1596~1615)初頭まで存続したと考えられています。

安田城から見た白鳥城。
中央の山から電波等の左辺りまでが城域です。

駐車場に立つ白鳥城址の石碑。

駐車場から西へ登っていくと東出丸が現れます。

東出丸から西へ続く長い通路を抜けると三郭が現れます。

三郭と二郭の間に設けられた堀。

三郭の西に設けられた二郭。

二郭の西隅に設けられた井戸の跡。

二郭の西に設けられた主郭。
白鳥城の最高所で、富山平野が一望できます。

主郭の北に設けられた主郭下郭。
白鳥城で最も広い曲輪です。

城域の最北部に設けられた北二郭。

北二郭の虎口。

主郭の西に設けられた西一郭。

西一郭の西に設けられた西二郭。

西二郭の虎口。
白鳥城は西側への防御は薄く。東の上杉氏を意識しての縄張りがされているようです。

白鳥城からの眺め。

富山平野を望む呉羽山丘陵に築かれた城です。豊臣秀吉が越中攻めで本陣を敷き、佐々成政が降伏に訪れた城として広く知られています。現在見られる遺構は、前田氏の時代のものと考えられています。