山上城

  • 読み:やまがみじょう
  • 別名:-
  • 所在地:群馬県桐生市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:山上氏
  • 文化財指定:群馬県指定史跡(昭和23年11月26日)
  • 訪問日:平成21年12月23日

山上城は、赤城山南麓の藤沢川と山田川にはさまれた台地上に築かれた城で、奥州藤原氏の末裔である足利高綱(この地に移り山上氏を称す)が応永年間(1394~1428)に築いたといわれています。

山上氏は関東管領山内上杉氏に従っていましたが、山内上杉氏が衰退すると、天文15年(1555)に北条氏康の攻撃を受け落城。山上氏は下野へと逃れました。

以後、山上城は越後上杉氏と北条氏の間で争奪が行われ、最終的には北条氏のものとなりますが、天正18年(1590)に豊臣秀吉の小田原征伐で北条氏が滅びると同時に廃城となったものと御考えられています。

山上城跡公園の入口に建つ模擬櫓風の看板。
この辺りは城の東側になります。

三郭へ向かう橋。
この辺りは公園化によってずいぶんと改変されているようです。

三郭。
芝生公園になっています。

三郭南端に残された井戸。

三郭内の石の配列。
何の跡かはわかりませんでした。

三郭から南郭を見たところ。
南郭との間にも曲輪があったようですが、改変されて耕地になっています。

三郭と二郭の間の堀切。
左が三郭、右が二郭です。

三郭の北に設けられた二郭。
奥の少し高くなっているところが主郭です。

二郭の北に設けられた主郭。

主郭と北郭の間の堀切。
左が主郭、右が北郭です。

北郭。
写真は北から南に向かってみたところで、奥に主郭が見えます。

主郭の北に設けられた北郭のさらに北に設けられた小さな曲輪。
写真は西から東に向かってみたところで、奥に常広寺の墓地が見えます。

城の西側に設けられた長さ400mほどの堀切。
主郭・北郭付近では二重堀切になっており、西への防御に重点が置かれていたことがうかがい知れます。

城の最北部から赤城山を見たところ。

城の南端に当たる南郭に設けられた櫓台。
高さ4mほどの大規模なものです。

山上城跡公園入口から東側を見たところ。
ガードレールの手前を川が流れており、そこまでが城域であったと思われます。
写真中央には高津戸城が見えています。

赤城山南麓の藤沢川と山田川にはさまれた台地上に築かれた北郭、主郭、二郭、三郭、南郭が南北につながる連郭式の城です。全体的に以降がよく残る大規模な城ですが、東側や南側の一部はかなり改変されています。現在は山上城跡公園になっています。