柳沢城

  • 読み:やなぎさわじょう
  • 別名:横壁城
  • 所在地:群馬県吾妻郡長野原町(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:羽尾氏、真田氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成22年2月27日

永禄年間(1558~1570)に丸岩城とともに羽尾幸全によって築かれたと考えられますが、定かではありません。吾妻川南岸を南北に流れる柳沢の両岸に築かれています。

天正10年(1582)、武田氏滅亡により空白地帯となった吾妻へ進行を始めた北条氏は、須賀尾峠を越えて西吾妻へ入ろうとしますが、元武田氏配下で西吾妻を領有していた真田昌幸は、湯本氏、西窪氏、横谷氏、鎌原氏など西吾妻の武将を柳沢城近くの丸岩城に交代で駐屯させ、これに対抗。柳沢城にもそれなりの兵力が投入されていたものと考えられます。

丸岩城と柳沢城が連携して須賀尾峠、吾妻街道に目を光らせていたものと考えられています。

長野原城から見た丸岩城と柳沢城。

丘城部・山城部

国道406号から見た山城部(写真中央の山)。
遺構はありませんが、狼煙台や見張台が置かれていたと考えられています。

国道406号から居館部として利用されていた丘城部を見たところ。
国道406号改良の際に行われた発掘調査では、石器が出土しており、この辺りに古くから人が住んでいたことが推定されています。

丘城部。
写真ではわかりづらいですが、わずかに堀のような溝がみられます(写真中央やや右)。

丘城部を東西に横切って設けられた堀切。
右が丘城部主要部、左が山城部側です。

丘城部の南端から山城部を見上げたところ。

別城部

柳沢東岸に築かれた別城部。
水の手である柳沢を確保するために設けられたと考えられています。

別城部から見た柳沢。
現在は砂防ダムが設けられています。
対岸の山の上は山城部です。

別城部。
平坦なほぼ五角形の曲輪です。

別城部東端に設けられた堀切。
左が別城部、右が城外です。

吾妻川南岸を南北に流れる柳沢の両岸に築かれた山城です。西岸に狼煙台もしくは見張台が置かれた山城部、居館部として利用された丘城部。東岸に水の手確保のための別城部が築かれています。すぐ近くの丸岩城と連携して須賀尾峠、吾妻街道に目を光らせていたものと考えられています。