丸子城

  • 読み:まるこじょう
  • 別名:依田城
  • 所在地:長野県上田市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:丸子氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成22年3月22日

丸子城は、内村川と依田川の合流点に向かって突き出した山の尾根上に築かれた城です。その築城年代ははっきりしていませんが、元々この地の豪族であった丸子氏によって築かれたと考えられています。

天正13年(1585)の第一次上田合戦の際、上田で大敗した徳川軍は真田氏の属城であった丸子城を攻撃。丸子城には丸子三左衛門をはじめわずかな兵しかいませんでしたが、丸子城は攻めづらい山城であったことや、真田軍が徳川軍を背後から牽制したこともあり丸子城は持ちこたえ、徳川軍は撤退しています。

内村川対岸の辰ノ口地区付近から見た丸子城。
南北に細長い尾根上に築かれた城で、西と東は断崖絶壁になっています。
二郭を「飯盛城」と呼んで別の城として扱われることもあります。

丸子城の東麓に建つ安良居神社。
上丸子の氏神で、諏訪の宮大工によって建てられた本殿は上田市の文化財に指定されています。

丸子城北端からの登り口。

丸子城は彩りの森公園となっており各所にあずまやが設けられていますが、あずまやが建てられているところも何らかの曲輪であったようにも思えます。

麓から5分ほど登ったところで諏訪宮の鳥居が現れます。

北側から見た二郭。
二郭に近づいたところで道は急な登りになります。

二郭の虎口。

南側から見た二郭。
二つの曲輪に分けられ、高い方の曲輪の上には模擬櫓が建てられています。

模擬櫓の脇の祠。

模擬櫓の上から北側を見たところ。
丸子城が二本の川の合流点に築かれていることがわかります。

模擬櫓の上から平時の居館があった西側の辰ノ口を見たところ。
この奥は三才山峠を経て松本方面へとつながっています。

模擬櫓の上から主郭(中央の山)を見たところ。

二郭から主郭へと至る道はごつごつした岩が多くなっています。

主郭の北には堀切が何条も設けられています。

主郭の西面を取り巻く段郭。

北側から見た主郭。
二郭と同じく二つの曲輪に分けられています。

主郭に残された井戸の跡。

主郭の南に設けられた岩だらけの曲輪。

岩だらけの曲輪から南側を見たところ。
写真の奥は和田峠・大門峠を経て諏訪方面へとつながっています。

内村川と依田川の合流点に向かって突き出した山の尾根上に築かれた城で、東西は断崖絶壁の天然の要害となっている城です。天正13年(1585)の「丸子表の戦い」で徳川の大軍を退けたことでその名を知られています。現在は彩の森公園となっています。