長井坂城

  • 読み:ながいさかじょう
  • 別名:-
  • 所在地:群馬県渋川市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:長尾・上杉氏、北条氏
  • 文化財指定:群馬県指定史跡(昭和55年9月16日)
  • 訪問日:平成22年4月24日

長井坂城は、利根川東岸の比高200mの台地上に築かれた城です。「加沢記」では永禄3年(1560)、長尾景虎が関東出陣に際して長井坂に陣を張り、降伏した沼田顕泰を引見したと伝えられていることから、永禄年代以降の築城と考えられています。

天正の初めになると、城は北条氏のものとなります。真田氏が沼田城を奪取すると、長井坂城は真田氏との攻防における重要な拠点の一つとなりました。天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原征伐により北条氏が滅びると、長井坂城も廃城となりました。

三郭の南の虎口を外側から見たところ。
土塁の橋に入口が設けられています。

三郭の南に設けられた堀切。

南の虎口から見た三郭。
ほとんどが農地になっています。

二郭と三郭の間の堀切。
右が二郭、左が三郭。
横矢がかけられているのが特徴です。

三郭から北を見たところ。
永井川に関越自動車道の永井橋がかかっています。

二郭を北の虎口から見たところ。
曲輪の北・東・南を土塁が取り囲んでいます。

城内を南北に貫通する沼田街道。

二郭虎口の北西に設けられた馬出し。
名前のとおりの機能を有した曲輪ではなさそうです。

二郭と主郭の間を通る沼田街道。
左が二郭、右が主郭です。

城の南端の追手。
沼田街道は堀底の道となっています

主郭の南側にある枡形的な構造の部分。
写真右の沼田街道側と写真左に土塁が設けられ、写真奥に主郭が広がっています。

主郭と四郭の間の堀切。
右が主郭、左が四郭。
幅は10メートルほどあります。

主郭と四郭の間の堀切から四郭側を見たところ。
四郭切岸の中ほどに、犬走りのような段が設けられています。

主郭。

四郭。

主郭西側の崖。
急峻で崩れやすいのか、ところどころ治山工事が施されています。

関越自動車道長井坂トンネルの真上に築かれた城です。北・西を高さ200メートルにも及ぶほぼ垂直な断崖によって守られています。城域の中央を沼田街道が貫通する珍しい城です。