2010年9月アーカイブ

  • 読み:はこざきじょう
  • 別名:鳩崎城
  • 所在地:群馬県利根郡みなかみ町(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:布施氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成22年6月19日

箱崎城は、須川川北岸の山の上に築かれた城です。築城年代はよくわかっていませんが、布施氏の城であったと言われています。戦国時代には、武田氏、北条氏、上杉氏の間で攻防が行われたものと考えられます。

須川川河畔から見た箱崎城。
みなかみ町新治支所の裏山です。

二郭を取り巻く土塁。
藪化して写真ではよくわからなくなっています。

二郭のようす。
元は耕地だったようですが、現在は藪化しています。

みなかみ町新治支所の裏山に築かれた城です。曲輪、堀切、土塁が残っていますが、ほとんどが藪化してしまっています。

  • 読み:あべしやかた
  • 別名:安倍屋敷、阿部屋敷、屯館
  • 所在地:岩手県遠野市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:安倍氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成22年7月31日

安倍氏館は、下山の北西麓に築かれた館で、平安時代後期に北上川流域に勢力を張った安倍氏一族によって築かれたと伝えられています。この地に続く阿部氏は、安倍氏の転じたものと伝えられています。

カッパ渕付近から見た安倍氏館。
土手の上が安倍氏館の主郭です。

一枚目の写真とは反対方向から見たところ。
道の先にカッパ渕があります。

主郭のようす。
現在は農地になっています。

主郭東の堀の跡。
今も水を湛えています。

屋敷と堀を挟んだ北東に建つ稲荷社。
約400年前に阿部氏の養子となった人が甲州から勧進し氏神としたもので、近郷でも古い社の一つです。

すぐ近くには遠野の名所・カッパ渕があります。

遠野の名所・カッパ渕のすぐ近くに残る館跡です。堀の跡が明確に残されています。

  • 読み:よこたじょう
  • 別名:-
  • 所在地:岩手県遠野市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:阿曽沼氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成22年7月31日

横田城は、猿ヶ石川西岸の護摩堂山に築かれた城です。ここを居城とした阿曽沼氏は当初、猿ヶ石川を挟んで反対側に聳える八幡山を築城地として選びますが、領主に夢のお告げがあったためこの地に変えられ、建保年間(1213~1218)に築かれたと伝えられています。天正年間(1573~1591)になると、阿曽沼氏は遠野盆地の南に新・横田城(後の鍋倉城)を築いて本拠を移し、横田城は廃城となっています。

横田城登城口。

登城口から続く道を上から見たところ。
この辺りは堀切のようになっています

主郭への道から下を見ると、人工的に平らにしたような地形が見られます。
遺構なのか耕地の跡なのかは定かではありません。

主郭付近の様子。
奥に薬師堂が見えます。

主郭に建つ薬師堂。

薬師堂の横には遠野市の天然記念物のヒガンザクラ(左)とヤマザクラ(右)の巨木が立っています。

薬師堂背後から見た主郭の様子。

鎌倉時代から戦国時代末期にかけて遠野地方に勢力を張った阿曽沼氏の居城です。現在は主郭に薬師堂が建てられています。阿曽沼氏は天正年間に居城を遠野盆地の南に移しますが、そこも横田城と名づけています。