仙台城

  • 読み:せんだいじょう
  • 別名:青葉城、千代城、五城楼
  • 所在地:宮城県仙台市青葉区(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:伊達氏
  • 文化財指定:国指定史跡(平成15年8月27日)
  • 訪問日:平成22年8月1日

伊達政宗以前、仙台は千代と呼ばれ、広瀬川西岸の青葉山には島津氏や結城氏が城を築いていた時期もありました。慶長6年(1601)、政宗が拠点を岩出山城から青葉山に移し新たな城を築城したのが仙台城の始まりです。当初城は青葉山の本丸と西の丸のみでしたが、2代藩主忠宗は山麓部に二の丸を造営。三の丸もこれと前後して造営され、寛永年間以降は二の丸が政務の中心となっていきました。

仙台城は幾度となく火災や地震に見舞われましたが、そのたびに復興しています。幕末には奥羽越列藩同盟の盟主として戊辰戦争を経ますが、仙台が戦火に見舞われることはなく、仙台城は創建以来一度も攻撃を受けることなくその役目を終えています。

明治4年(1871)になると、本丸に東北鎮台(のちの仙台鎮台)が置かれ、本丸の石垣や木が兵舎建設に流用されました。第二次世界大戦末期の昭和20年(1945)には空襲により大手門、脇櫓などが失われています。戦後、第二師団跡地に米軍が進駐。その後変換され、二の丸に東北大学川内キャンパス、三の丸に仙台市博物館が入っています。

本丸。
伊達政宗の騎馬像が建てられています。

本丸伊達政宗騎馬像付近から見た仙台の街並み。

西の丸には宮城縣護國神社が建てられています。

本丸南側に設けられた埋門。
仙台城に車で訪れた場合、ここから本丸へ入ることになります。

本丸北側に設けられた詰門。
詰門の両側には西脇櫓と東脇櫓が建っていました。

本丸の北東から見上げる本丸石垣。
この上には一時、艮櫓が建てられていました。

沢門。
中曲輪と沢曲輪を隔てていました。

沢門の下に設けられた清水門。
三の丸と沢曲輪を隔てていました。
清水門の名は、すぐ脇に仙台藩の御用酒造りに利用された清水があることにちなんでいます。

現在は仙台市博物館の敷地となっている三の丸。
手前に巽門の礎石が残されています。

三の丸の北に設けられた子の門。

三の丸を取り巻く堀。
写真は三の丸東の長沼を南から見たところ。

長沼を北から見たところ。

大手門を三の丸子の門付近から見たところ。
大手門は昭和20年(1945)の空襲で脇櫓とともに焼失してしまっています。

三の丸子の門付近から二の丸方面を見たところ。
二の丸は現在東北大学川内キャンパスになっています。

昭和42年(1967)に外観復元された大手門脇櫓。

中門。
大手門から本丸へ至る道の途中に設けられた二階門で、寅の門とも呼ばれました。

広瀬川が大きく蛇行する地点の西に位置する青葉山とその山麓に築かれた青葉城の名で知られる城です。往時の建物はまったくのこっていませんが、壮大な石垣を目にすることができます。