桑名城

  • 読み:くわなじょう
  • 別名:扇城、旭城
  • 所在地:三重県桑名市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:本多氏、松平氏
  • 文化財指定:三重県指定史跡(昭和17年1月17日)
  • 訪問日:平成22年10月9日

桑名城は、揖斐川河口西岸に築かれた水城です。関ヶ原の戦いの後、慶長6年(1601)に徳川家康によって桑名に10万石で封じられた本多忠勝が築いたのが始まりです。本丸には4層6階の天守が聳え、城内には船着場が整備され、桑名の城下町も同時に整備されました。

元和3年(1617)、忠勝の息子・忠政は姫路へ転封となり、代わって松平(久松)定勝が桑名へ入ります。元禄14年(1701)には桑名の城下町に大火が発生。この際に天守も焼失しています。宝永7年(1710)、松平定重は越後高田藩に転封となり、代わって松平(奥平)忠雅が入部。文政6年(1823)には、越後高田から久松松平氏が再入部し、以後幕末まで続きます。

幕末には京都守護職松平容保の実弟・松平定敬が藩主となり、京都所司代として兄と共に京都の治安維持に務めます。慶応4年(1868)の戊辰戦争では、定敬は鳥羽・伏見の戦いに敗れた旧幕府軍と共に江戸へ逃げ延び、桑名城は藩主不在となります。城内は恭順か抗戦かの激論となりますが、最終的に新政府軍に恭順し、桑名城は無血開城。目新政府軍によって桑名城は焼き払われ、その後廃城となっています。

外堀。
左の岸に築城当時の石垣が残されています。

船入橋から見た二の丸堀。
左の岸が二の丸です。

船入橋から見た三の丸堀。

船入橋付近から見た三の丸。
現在は九華公園の駐車場とコミュニティパークになっています。

船入橋の袂に立つ本多忠勝像。

扇橋。
写真奥が二の丸です。

扇橋から見た二の丸堀。

扇橋付近から見た本丸の堀。

九華橋から本丸を見たところ。

九華橋から本丸と二の丸の間の堀を見たところ。

本丸に設けられた精忠苦節碑。
幕末の桑名藩士で新選組隊士の森常吉を称えるものです。

本丸の南西端に設けられた神戸櫓の跡。
神戸城から移築された三重櫓が建っていました。

本丸の南東端に設けられた辰巳櫓の跡。

辰巳櫓跡に置かれた大砲。
この大砲の由来は不明です。
大砲の奥には、朝日丸跡である九華公園グラウンドが見えています。

辰巳櫓付近から見た二の丸堀。

本丸に鎮座する鎮国守国神社。
文政6年(1823)に久松松平氏が再入部した際に勧進したもので、初代藩主松平定綱(鎮国公)と松平定信(守国公)を祀っています。

本丸に設けられた天守台の跡。
往時はここに4層6階の天守がそびえていました。

桑名城のすぐ東を流れる揖斐川。その奥には長良川が見えています。

三の丸の船入門付近に外観復元された蟠龍櫓。
1階は国土交通省の水門管理所、2階は展望台兼資料室になっています。

徳川四天王の一人・本多忠勝が揖斐川河口西岸に築いた水城です。天守をはじめ51基の櫓が建つ壮大な城でした。現在は九華公園となっています。