稲荷山城

  • 読み:いなりやまじょう
  • 別名:勝間城、勝間反砦、桜井山城
  • 所在地:長野県佐久市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:桜井氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成23年4月29日

稲荷山城は、千曲川西岸の稲荷山城に築かれた城です。その築城年代ははっきりしていません。「高白斎記」に記された桜井山であると考えられ、武田氏の佐久出陣の際に宿所としてたびたび利用されています。武田氏滅亡後は徳川氏の城となり、徳川家康が関東へ移封となると廃城となったと考えられています。

北面の臼田橋付近から見た稲荷山城。
こちら側は稲荷神社の入口になっています。
稲荷神社は正暦年間(990~995)にこの地に勧進されています。

稲荷神社境内には石積が見られますが、後世の神社整備によるもののようです。

稲荷神社境内は曲輪のようなものが設けられているようにも見えます。

稲荷神社拝殿。

稲荷山城最高部。主郭であったと思われます。
現在は慰霊碑が建てられています。

慰霊碑の南の水道施設。
ここも何らかの曲輪であったと考えられます。

南面。
空堀と多数の曲輪が設けられた城でしたが、現在では遺構はほとんど失われています。

城域の東を流れる千曲川。
こちら側は断崖絶壁になっています。

千曲川西岸の稲荷山城に築かれた城です。現在は稲荷神社境内と稲荷山公園になっており、以降はほとんど見られません。