野尻城

  • 読み:のじりじょう
  • 別名:琵琶島城
  • 所在地:長野県上水内郡信濃町(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:芋川氏、高梨氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成23年9月18日

野尻城は、野尻湖に浮かぶ琵琶島に築かれた野尻城と、野尻湖北岸の尾根上に築かれた野尻新城の総称です。南北朝時代には文献に登場し、中世には沼尻の芋川氏に属し、南北朝時代になると信濃守護によって管理されました。室町時代になると現在の中野市に拠点を置く高梨氏の支配下に入りました。高梨氏が越後の長尾景虎(上杉謙信)を頼るようになると、野尻城は上杉氏の武田氏に対する前線基地の役目を負い、永禄年間(1558~1570)には両者の間で争奪戦が繰り広げられました。この最中、上杉氏は野尻城を拡張し北岸の尾根上に野尻新城を築き、以後、城の中心はそちらへと移っていきました。

野尻湖北岸から見た琵琶島の野尻城。
北岸から琵琶島までは300mほどです。

琵琶島には宇賀神社が祀られています。
その歴史は古く、天平2年(730)に沼尻村の産土神として創建されたとも伝えられています。

第二鳥居をくぐったところに設けられた琵琶島の西曲輪。

西曲輪と東曲輪を隔てる堀切。
島のほぼ中央で城を東西に分けています。

東曲輪。
奥には宇賀神社の社殿が建てられています。

東曲輪内の宇佐美定行の墓。
長尾政景が上杉謙信に対して異心を抱いていることを察知し、政景を野尻湖の舟遊びに誘い出して自分もろとも湖底に沈めたとされる架空の武将です。
ここには定行の具足が埋められ、経塚が設けられたと伝えられています。

野尻湖北岸から見た野尻新城(写真中央の小高い山)。

野尻湖に浮かぶ琵琶島と野尻湖北岸の尾根上に築かれた城です。戦国時代には上杉氏の前線基地の役目を負い、上杉氏と武田氏の間で争奪戦が繰り広げられました。