矢筒城

  • 読み:やづつじょう
  • 別名:牟礼城、黒川城
  • 所在地:長野県上水内郡飯綱町(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:福王寺氏、島津氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成23年9月18日

矢筒城は、八蛇川南岸の矢筒山に築かれた城です。永正年間(1504~1520)には既に福王寺氏の要害として存在していましたが、島津氏の本拠地という説もありはっきりしていません。天正10年(1582)に織田信長が信濃に進攻すると、武田勝頼から援軍の要請を受けた上杉景勝は矢筒城に兵を集結させており、矢筒城が上杉氏の重要な拠点のひとつであったことがわかっています。

昭和54年(1979)の発掘調査で館跡が見つかった東麓の飯綱病院。
発掘調査以前は城は山の上にのみ築かれていたと考えられていました。

飯綱病院から矢筒山山頂へと続く大手道の入口。

大手道の入口から北側を見たところ。
堀の跡が残っています。

大手道から主郭へ向かう途中にはこのような削平地がいくつか見られます。

主郭。
東西60メートル、南北40メートルほどの曲輪です。
中央には平和観音が祀られています。

主郭の西、南、東を囲む二郭。

二郭に残る石積。
主郭への虎口を構成していたものと考えられます。

二郭の南には帯曲輪が設けられています。

八蛇川南岸の矢筒山に築かれた城です。城はかつて山の上のみに築かれたと考えられていましたが、昭和54年(1979)の発掘調査で東麓から館跡が見つかっています。