須田城

  • 読み:すだじょう
  • 別名:臥竜山城
  • 所在地:長野県須坂市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:須田氏
  • 文化財指定:須坂市指定史跡(昭和45年5月25日)
  • 訪問日:平成23年9月24日

須田城は、百々川の北岸に聳える臥竜山の南西の峰に築かれた山城です。鎌倉時代から戦国時代にかけて現在の須坂周辺を支配した須田氏によって、室町時代に築かれたとされています。須田氏の居城は本郷の大岩城にあり、須田城はその支城として築かれたと考えられています。須田氏は川中島の戦いでは上杉方につき、慶長3年(1598)に上杉氏が会津へ転封となると、須田氏もそれとともに会津へ移り、同時に須田城は廃城となったと考えられています。

北麓の須坂市立博物館付近から見る須田城(中央の山)。
手前の竜ヶ池は昭和6年(1931)に造られたもので、この部分に館があったといわれています。

須坂市立動物園の脇から登る登城口。

北西に細長く伸びる平。
ここも何らかの曲輪であったと思われます。

主郭と二郭を隔てる堀切を南側から見たところ。
右側が主郭、左側が二郭です。

二郭への虎口。
外側に土塁を設けて枡形を構成しています。

二郭への虎口には石積が見られます。

二郭。

主郭の北に設けられた馬場と呼ばれる広場。
名前ほど広くありません。

主郭。

主郭から東へ下っていくと現れる須坂藩13代藩主・堀直虎の霊廟。

須田城北面から望む臥竜公園。

千曲川の支流・百々川の北岸に聳える独立峰・臥竜山の南西の峰に築かれた城です。現在は臥竜公園の一部となっています。