山田城

  • 読み:やまだじょう
  • 別名:-
  • 所在地:群馬県吾妻郡中之条町(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:山田氏
  • 文化財指定:中之条町指定史跡(平成7年12月1日)
  • 訪問日:平成23年12月17日

四万川西岸に向かって突き出した薬師岳の尾根の東端に築かれた城です。築城年代ははっきりしていませんが、上杉家文書の「関東幕注文」には、永禄3年(1560)に山田氏が山田城の城主であったことが記されています。

永禄6年(1563)、山田氏は岩櫃城から越後へと逃げる斉藤憲広の供をして上越国境まで赴き、嵩山城に残る城虎丸の後事などを託されています。永禄8年(1565)の嵩山合戦後に山田城は廃城になったものと考えられます。

主郭。
本曲輪の標柱が立っています。

主郭から北へと曲輪が続いています。

主郭の南東に位置する水の手曲輪。
往時はここに池がありました。
山田城はこの水の手曲輪を守るように曲輪が配置されているのが特徴です。

水の手の池は完全には干上がっておらず、湿地帯のようになっています。
雨が続くと往時のような池が姿を現します。

水の手曲輪から北へと伸びる堀切。

城の南側には土塁と虎口が残っています。

薬師岳の北東尾根の末端部に築かれた城です。水の手曲輪を守るように曲輪が配置されているのが特徴です。