2013年4月アーカイブ

  • 読み:じょうみねじょう
  • 別名:城峯塁、西中条城、西中庄要害、新域
  • 所在地:群馬県吾妻郡中之条町(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:斉藤氏
  • 文化財指定:中之条町指定史跡(昭和63年3月26日)
  • 訪問日:平成24年7月14日、平成25年3月30日

城峯城は吾妻川の支流・胡桃沢川と枯木沢川に挟まれた尾根・柴宮峯の先端部に築かれた城です。永禄8年(1565)11月の嵩山合戦では、斎藤城虎丸とその家臣の守る嵩山城の支城としての役目を負いました。嵩山城が真田幸隆の手に落ち、真田氏の前線が東へ移ると、城峯城もその存在意義を失い、まもなく廃城になったと思われます。

南麓の中之条町役場付近から見た城峯城。
城峯城が嵩山城を吾妻川方面からの進軍から阻んでいる様子がわかります。

主郭の西に建つ説明板。

主郭。
現在は石の祠があるだけです

主郭の周囲を取り囲む帯曲輪。
切岸の上は主郭になっています。

主郭の北側は急斜面となり、胡桃沢川まで落ちています。

主郭の東150メートルほどのところには堀切が見られます。

主郭の東150メートルほどのところに設けられた物見郭。
真田昌幸に仕えた唐沢正慶に関する碑と祠が建っています。

物見郭から主郭方向を見たところ。
写真中央に堀切が設けられているのがわかります。

物見郭から東は比較的ゆるやかな斜面となっています。

中之条盆地の北、胡桃沢川と枯木沢川に挟まれた尾根・柴宮峯の先端部に築かれた城です。嵩山合戦では嵩山城を防衛する斉藤氏の支城の一つとしての役目を負いました。現在は藪に覆われていますが、遺構は比較的良好に残っています。

  • 読み:はなおかじょう
  • 別名:尾尻城、小尻城、池尻城
  • 所在地:長野県岡谷市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:有賀氏、花岡氏
  • 文化財指定:岡谷市指定史跡(昭和42年3月6日)
  • 訪問日:2012年7月21日

花岡城は、諏訪湖から天竜川が流れだす釜口水門の南西にある小高い丘の上に築かれた城です。築上年代ははっきりしていませんが、有賀氏によって、鎌倉時代初期に築かれたと考えられています。この城に居城した花岡氏は、有賀氏とともに諏訪氏の支族であり、室町時代に諏訪氏が大祝家と惣領家にわかれると、大祝家に属し、花岡城は、干沢城の支城としての役目を負ったと考えられています。

戦国時代には伊那口の抑えとしての役目を負いますが、武田氏が諏訪へ進行すると、その支配するところとなり、やがて廃城となったと考えられます。

釜口水門付近から見た花岡城。

主郭南の削平地。
遺構なのか判断が難しいです。

二郭から主郭の切岸を見上げたところ。

二郭。
周囲をぐるりと土塁に囲まれています。

主郭と二郭の間に設けられた堀切。

主郭。
奥(西)に土塁が設けられています。

主郭土塁には、三山大権現の碑などが立ち、この辺りで三山講が行われていたことがわかる。

主郭から見た諏訪湖。

諏訪湖から天竜川が流れだす釜口水門の南西にある小高い丘の上に築かれた城です。この辺りは、中山道、中央本線、長野自動車道、中央自動車道が集まる交通の要衝の地ですが、比較的良好に遺構が残されています。