城峯城

  • 読み:じょうみねじょう
  • 別名:城峯塁、西中条城、西中庄要害、新域
  • 所在地:群馬県吾妻郡中之条町(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:斉藤氏
  • 文化財指定:中之条町指定史跡(昭和63年3月26日)
  • 訪問日:平成24年7月14日、平成25年3月30日

城峯城は吾妻川の支流・胡桃沢川と枯木沢川に挟まれた尾根・柴宮峯の先端部に築かれた城です。永禄8年(1565)11月の嵩山合戦では、斎藤城虎丸とその家臣の守る嵩山城の支城としての役目を負いました。嵩山城が真田幸隆の手に落ち、真田氏の前線が東へ移ると、城峯城もその存在意義を失い、まもなく廃城になったと思われます。

南麓の中之条町役場付近から見た城峯城。
城峯城が嵩山城を吾妻川方面からの進軍から阻んでいる様子がわかります。

主郭の西に建つ説明板。

主郭。
現在は石の祠があるだけです

主郭の周囲を取り囲む帯曲輪。
切岸の上は主郭になっています。

主郭の北側は急斜面となり、胡桃沢川まで落ちています。

主郭の東150メートルほどのところには堀切が見られます。

主郭の東150メートルほどのところに設けられた物見郭。
真田昌幸に仕えた唐沢正慶に関する碑と祠が建っています。

物見郭から主郭方向を見たところ。
写真中央に堀切が設けられているのがわかります。

物見郭から東は比較的ゆるやかな斜面となっています。

中之条盆地の北、胡桃沢川と枯木沢川に挟まれた尾根・柴宮峯の先端部に築かれた城です。嵩山合戦では嵩山城を防衛する斉藤氏の支城の一つとしての役目を負いました。現在は藪に覆われていますが、遺構は比較的良好に残っています。