植栗城

  • 読み:うえぐりじょう
  • 別名:-
  • 所在地:群馬県吾妻郡東吾妻町(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:植栗氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:2012年9月8日

植栗城は、吾妻川南岸の崖端に築かれた城で、植栗氏の居城でした。その築城年代は定かではありません。植栗氏は斉藤氏に属し、永禄7年(1564)の岩櫃城の戦いでは真田氏と戦いましたが、破れて降伏。以後は真田氏に属するようになり、天正3年(1564)の長篠の戦いにおいても真田軍の一員として従軍しています。その後も植栗氏は真田氏に仕えますが、江戸時代初期に断絶。殖栗城もそれ以前には廃城になっていたものと考えられます。

植栗城主郭。
南西隅に標柱が立っています。
主郭の切岸はそのまま耕地の畦畔となっています。

主郭西の堀。

主郭の東端。
ここには姫の宮があったといいますが、姫の宮とは...?

井戸曲輪。
現在は椎茸の原木が置かれています。

応永2年(1468)頃の城主・植栗安芸守の碑。

植栗城の北側は吾妻川に向かって落ちる断崖になっています。

吾妻川南岸の崖端に築かれた城です。現在は周辺の宅地化・農地化が進み、遺構は主郭周辺にしか見られませんが、周囲の地形に城の名残が見られます。