敏満寺城

  • 読み:びんまんじじょう
  • 別名:-
  • 所在地:滋賀県犬上郡多賀町(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:敏満寺勢力
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:2012年10月6日

敏満寺城は、琵琶湖東岸の青龍山の北西麓に築かれた城で、天台密教の寺院が城砦化したものです。中世には湖東一の大寺院となり、それ故に守護大名佐々木氏や京極氏と対立するようになります。永禄5年(1562)、浅井長政に攻められた久徳氏に味方したために長政に攻められ、120以上あった坊舎はほとんどが炎上、さらに元亀3年(1572)には織田信長の命に従わなかったことから、残りの坊舎も焼かれ、寺領は取り上げられ、敏満寺城は衰退していきました。慶長年間(1596~1615)には残った礎石も彦根城築城のために運び去られています。

現在では、城域のほとんどが高速道路の下になっていますが、多賀サービスエリア上りの一角に小公園が整備され、土塁や櫓台の遺構を見ることができます。

名神高速道路多賀サービスエリア上りの一角にある敏満寺城跡の碑。
後ろにはサービスエリアのガソリンスタンドが見えます。

主郭の土塁。

碑から見た主郭内部。
現在は遊具やドッグランが設けられています。

櫓台跡。

琵琶湖東岸の青龍山の北西録に築かれた城塞化した寺院です。全国的にも珍しい、高速道路のサービスエリアの中にある城跡としても知られています。下りのSAにも敏満寺の遺構が残されています。