藤原宮

  • 読み:ふじわらのみや/ふじわらきゅう
  • 別名:-
  • 所在地:奈良県橿原市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:天皇家
  • 文化財指定:国特別史跡(昭和27年3月29日)
  • 訪問日:2012年10月6日

藤原宮は、持統天皇8年(694)から和銅3年(710)までの都であった藤原京の中心部に設けられた宮殿です。大きさはおよそ900メートル四方、周囲を大垣と堀で囲み、それぞれの面には門が3つずつ設けられていました。天皇の住居である内裏、政治や儀式の場である大極殿と朝堂院、役所の建物が建ち並んでいましたが、和銅3年(710)に都が平城京へ移され、都としての役目を終えました。

藤原宮全図(大極殿跡前の案内板より)

内裏跡に設けられた溜池・醍醐池。

大極殿跡。
正面幅45メートル、奥行20メートル、基壇を含む高さ25メートルほどの建物であったとされています。
現在は基壇の跡が残り、大宮土壇と呼ばれています。

大極殿跡の基壇に鎮座する鴨公神社。

太極殿院と朝堂院を隔てていた大極殿院閤門。
正面幅30メートル、奥行15メートルほどであったと推定されています。
実際の閤門跡より南へ30メートルほどのところに列柱で再現されています。

太極殿院閤門の再現列柱前から朝堂院跡を見たところ。
発掘作業が進められていました。

朝堂院西門の再現列柱。
西門は発掘作業が行われておらず、推定地より10メートルほど北に再現されています。

朝堂院南門の再現列柱。奥には大和三山のひとつ耳成山が見えています。
太極殿院閤門とほぼ同じ大きさであったと考えられています。
実際の位置より20メートルほど北に再現されています。

朝堂院南門再現列柱より東に聳える天香久山を見たところ。
持統天皇も「春過ぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天の香具山」と詠んでいます。

朝堂院東門跡の再現列柱。
実際の位置よりも10メートルほど北に再現されています。

わが国最初の都城であった藤原京の中心部に設けられた宮殿です。藤原京は持統天皇、文武天皇、元明天皇の3代にわたる都でしたが、わずか16年で平城京へ遷都されました。