飛鳥稲淵宮殿

  • 読み:あすかいなぶちきゅうでん
  • 別名:-
  • 所在地:奈良県高市郡明日香村(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:中大兄皇子?
  • 文化財指定:国史跡(昭和54年3月20日)
  • 訪問日:2012年10月6日

飛鳥稲淵宮殿は、飛鳥川の上流・稲淵川の西岸に築かれた宮殿で、昭和52年(1977)にその跡が発見されました。7世紀後半頃の遺構と考えられています。これまでに正殿、後殿、脇殿2棟の柱の跡が見つかっています。発掘されたのは一部で、正殿の西や南にさらなる建物の跡があると考えられています。

白雉4年(653)に中大兄皇子(のちの天智天皇)が難波宮から飛鳥宮へ戻って一時期営んだ飛鳥川辺行宮(あすかかわべのかりみや)ではないかとも考えられていますが、確証は得られていません。

写真左側に正殿、右側に後殿があった場所。
現在は駐車場になっています。

稲淵川から見た飛鳥稲淵宮殿跡。
草が刈られた空き地の場所には脇殿がありました。

宮殿跡のすぐ東を流れる稲淵川。右が宮殿側。
宮殿の東端であったと考えられます。

稲淵川の西岸に築かれた宮殿です。中大兄皇子の飛鳥川辺行宮ではないかともいわれていますが、定かではありません。