2014年1月アーカイブ

  • 読み:あすかいたぶきのみや
  • 別名:-
  • 所在地:奈良県高市郡明日香村(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:天皇家
  • 文化財指定:奈良県指定史跡(昭和47年4月10日)
  • 訪問日:2012年10月6日

飛鳥川東岸の平地に築かれた宮殿で、35代皇極天皇の宮殿であった板蓋宮ではないかと考えられています。ここが板蓋宮であれば、皇極天皇4年(645)6月12日に中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を暗殺した乙巳の変の現場ということになります。またこの遺跡は藤原京へ移る前の天武天皇・持統天皇の時代の浄御原宮であった可能性もあります。発掘調査の結果、現在見られる遺構の下にも遺構があることがわかっています。

長方形に塀で囲われた内郭と呼ばれる一帯。
周囲に石敷きをめぐらした南北10間、東西2間の掘立柱建物2棟が発掘され、その柱跡が復元されています。

石敷井戸。

飛鳥地方には推古天皇から持統天皇に至る100年間に歴代天皇の宮殿が次々と造営されましたが、その位置は明らかになっていません。この遺跡は皇極天皇の板蓋宮、天武天皇・持統天皇の浄御原宮である可能性が高いとされています。

  • 読み:いかるがのみや
  • 別名:-
  • 所在地:奈良県生駒郡斑鳩町(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:聖徳太子
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:2012年10月6日

大和川の支流・富雄川の西岸の平地に築かれた宮殿で、推古天皇9年(601)から聖徳太子によって現在の法隆寺東院伽藍の辺りに造営されました。造営中の推古天皇12年(604)4月3日、聖徳太子は臣下を斑鳩宮に集め、日本初の成文法となる十七条憲法の草案を発表しています。また、推古天皇15年(607)には斑鳩宮の西方に法隆寺を建立しています。聖徳太子の薨去後は、太子の王子の山背大兄王一族が住んでいましたが、皇極天皇2年(643)に宮は焼き払われ、山背大兄王一族も法隆寺で自決に追い込まれました。

斑鳩宮があった法隆寺東院伽藍に建つ夢殿(国宝)。
夢殿は奈良時代に聖徳太子を偲んで建てられたものです。

聖徳太子が建立した法隆寺。
世界最古の木造建築物であり、世界遺産に指定されています。

推古天皇の摂政を務めた聖徳太子の宮殿です。現在、宮殿の跡は法隆寺東院伽藍になっています。