飛鳥板蓋宮

  • 読み:あすかいたぶきのみや
  • 別名:-
  • 所在地:奈良県高市郡明日香村(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:天皇家
  • 文化財指定:奈良県指定史跡(昭和47年4月10日)
  • 訪問日:2012年10月6日

飛鳥川東岸の平地に築かれた宮殿で、35代皇極天皇の宮殿であった板蓋宮ではないかと考えられています。ここが板蓋宮であれば、皇極天皇4年(645)6月12日に中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を暗殺した乙巳の変の現場ということになります。またこの遺跡は藤原京へ移る前の天武天皇・持統天皇の時代の浄御原宮であった可能性もあります。発掘調査の結果、現在見られる遺構の下にも遺構があることがわかっています。

長方形に塀で囲われた内郭と呼ばれる一帯。
周囲に石敷きをめぐらした南北10間、東西2間の掘立柱建物2棟が発掘され、その柱跡が復元されています。

石敷井戸。

飛鳥地方には推古天皇から持統天皇に至る100年間に歴代天皇の宮殿が次々と造営されましたが、その位置は明らかになっていません。この遺跡は皇極天皇の板蓋宮、天武天皇・持統天皇の浄御原宮である可能性が高いとされています。