畠山重忠館

  • 読み:はたけやましげただやかた
  • 別名:畠山館
  • 所在地:埼玉県深谷市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:秩父・畠山氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成24年11月11日

畠山重忠館は、荒川南岸の平地に築かれた館です。長寛2年(1164)、重忠は秩父重能の次男として生まれ、後に畠山重忠と称しました。秩父氏は元は秩父郡に居を構えていましたが、重能の時代に畠山の地へ居を移しています。重忠は源頼朝に仕え、後に菅田館へ本拠を移しています。頼朝の死後、北条氏に謀られ、元久2年(1205)、二俣川で一族とともに討たれました。

東側から見た畠山重忠館跡。

東側の入口脇にわずかに残る土塁の跡。

西奥の建物の内部には、重忠とその家臣の墓6基が建てられています。

重忠の墓の裏にわずかに残る土塁の跡。

館の北、駐車場に立つ畠山重忠像。
重忠は一の谷の戦いで「大事に馬に無茶はさせられない」と馬を背負って崖を降りたと伝えられています。

像の足元にある重忠ゆかりの石。
重忠が投げた石だといわれています。

板石塔婆。
重忠の百年忌に建てられてものです。

重忠の父・重能の墓。

重忠公産湯の井戸と伝えられる井戸。

荒川南岸の平地に築かれた館です。この地に生まれた畠山重忠は関東武士の鑑として尊敬を集めていましたが、北条氏に謀られ、一族とともに討たれています。現在その館跡は、畠山重忠史跡公園となっています。