新潟城(比定地)

  • 読み:にいがたじょう
  • 別名:-
  • 所在地:新潟県新潟市中央区(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:新発田氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成25年3月31日

新潟城は、信濃川と阿賀野川が日本海に流れ込むデルタ地帯に築かれた城です。御館の乱の恩賞に不満を抱いた新発田重家が天正9年(1581)に反乱を起こし、その際に新潟津を占拠するためにこの地にあった砂州に城を築いたとされています。新発田重家は、城将に新潟城に新発田綱之を入れ、新発田城との補給と港湾を確保します。対する上杉景勝は木場城に菱沼友重、山吉景長らを派遣し、新潟城の動向を監視させます。

天正11年(1583)2月、新発田綱之が木場城をせめ、さらに3月にも木場城を攻めます。木場城側も新潟城を攻めますが効果はなく、4月には上杉景勝自ら新潟城を攻撃しています。景勝は新潟城に冷を放ち、新潟城は火の海となりましたが、それでも新潟城は落ちず、景勝は撤退します。天正13年(1585)11月20日、玉木屋と若狭屋の商人が新潟城に入り込み、内通者を誘って新発田綱之を討ち取り落城。その後の新潟城は信濃川と阿賀野川の氾濫の繰り返しによってどこにあったのかも定かではなくなります。現在では、白山神社の辺りにあったのではないかと比定されています。

白山神社。
新潟城はこの辺りにあったと比定されています。

白山神社の随神門。

白山公園。
池があるが、城の名残は皆無です。

獅子山。
周りよりも高くなっていますが、往時からの地形ではなさそうです。

信濃川と阿賀野川の河口地帯に築かれた城です。往時の新潟は信濃川と阿賀野川が氾濫を繰り返す大湿地帯で、砂州や三角州が点在するようなところでした。当然、そんなところに築かれた新潟城は河川の氾濫の繰り返しでどこにあったのかもわからなくなり、白山神社付近が新潟城跡に比定されています。