旭山城

  • 読み:あさひやまじょう
  • 別名:朝日山城
  • 所在地:長野県長野市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:武田氏、長尾・上杉氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成25年9月7日

旭山城は、長野盆地の西にそびえる標高785メートルの旭山頂上部に築かれた山城です。築城次期は不明で、元は善光寺の詰城でしたが、天文24年(1555)の第二次川中島合戦(犀川の戦い)において武田氏に取り立てられました。今川義元の仲介で和睦がなると、和睦の条件として旭山城は長尾方によって一旦破却されますが、弘治3年(1557)の第三次川中島合戦で武田方が葛山城を落城させると、長尾方が旭山城を取り立て再建しています。永禄4年(1561)の第四次合戦以降は武田方の支配下にありましたが、その後記録に登場しなくなり、武田氏の本拠が海津城(松代城)に置かれるようになった頃には廃城となったと考えられます。

南麓に設けられた朝日山観音堂。
最近になってこの地に移ってきたものです。

観音堂から尾根沿いを登って行くと登城口が現れます。

登城口から5分ほど登ったところに現れる馬場と呼ばれる曲輪。

主郭(左)の東、二郭(右)との間に設けられた堀切。

約30メートル✕40メートルの方形の主郭。
往時は周囲を土塁と石積が囲んでいました。

主郭には石がごろごろとしています。

主郭(左)の西、倉屋敷(右)との間に設けられた堀切。

主郭の西に設けられた倉屋敷と呼ばれる曲輪。

主郭の南に設けられた腰曲輪。
主郭南には腰曲輪が3段あり、追手口から主郭へ至る道の防備のために設けられていました。

腰曲輪には石積の残る箇所もあります。

主郭の東に設けられた二郭。
尾根伝いに東へと伸びています

二郭の東に設けられた堀切。
二郭の先にはこのような堀切が2本設けられています。

東端の物見台の入口には天然の岩が門のようになっている箇所が見られます。
この写真は物見台側から二郭内部に向かって撮っています。

物見岩と呼ばれる高さ4メートルほどの巨石。

東端に設けられた物見台。
狼煙台も設けられていたと推定されます。

物見台の先端から善光寺平を見下ろしたところ。

善光寺平の西に聳える旭山の山頂部に築かれた山城です。敵の侵入を阻止する主郭群、物資を保管する倉屋敷、物見台と狼煙台の機能を持つ二郭群が有機的に結合しています。