湯川城

  • 読み:ゆかわじょう
  • 別名:-
  • 所在地:長野県茅野市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:武田氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成26年4月5日

湯川城は、南の渋川と北の滝の湯川に挟まれた高台に築かれた城で、天文年間(1532~1555)に武田信玄によって築かれたとされています。湯川城は、南側の原の城と北側の枡形城に分かれ、両城の間には砦の沢と呼ばれる全長1キロ余りの深い堀が設けられていました。大門街道の道筋で佐久方面・小県方面への進攻や川中島出兵の拠点として利用されました。

原の城の伝大手口を見下ろしたところ。

伝大手口の上から原の口城内部を見たところ。
遺構はほとんど消失しています。

原の口城から西側に設けられた朝倉山城(写真中央の山)を見たところ。

伝大手口の東側に残る堀。堀の向こう側には土塁が残っているとのことです。

原の口城と枡形城を隔てていた砦の沢と呼ばれる大堀切。
全長1キロ余りに及ぶ長大な堀切は耕地化によりほとんどが埋められましたが、西側には遺構が残っています。

丸馬出跡から見る枡形城。

同じく丸馬出跡から見る枡形城。
奥には朝倉山城が見えます。

霧ヶ峰高原の南麓、渋川と滝の湯川に挟まれた高台上に築かれた城です。ほとんどが耕地化していますが、堀宿類の跡が残されています。