中野陣屋

  • 読み:なかのじんや
  • 別名:-
  • 所在地:長野県中野市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:歴代代官
  • 文化財指定:長野県指定史跡(昭和39年11月26日)
  • 訪問日:平成26年5月6日

中野陣屋は、鴨ヶ嶽の西麓の平地に築かれた陣屋です。この地に初めて陣屋が築かれたのは、天正10年(1582)の本能寺の変以降で、上杉陣屋が最初と伝えられています。元和2年(1616)、越後の高田にいた徳川家康の六男松平忠輝が改易されたことに伴い北信濃に空白が生じ、幕府直轄領となり中野村などに陣屋が置かれました。その後中野は旗本領や坂木藩領を経て元禄15年(1702)に再び天領となり、享保9年(1724)には北信濃の天領陣屋が中野に一元化されました。慶応4年(1868)3月には新政府により尾張藩の取締役所となり、同年8月には伊那県中野分局に、明治3年(1870)からは中野県庁となります。しかし、同年12月の中野騒動で県庁は焼失。翌明治4年に長野県が成立すると、県庁は長野市へ移されました。

中野陣屋跡に建つ中野陣屋県庁記念館。

陣屋跡の前を流れる水路には往時の石垣が残っています。

陣屋北面やや西に残る井戸。

陣屋北西の中日野神社境内に鎮座する陣屋稲荷。

陣屋南の法運寺に建つ大塚政徳の碑。
中野県庁の役人だった大塚政徳は中野騒動で一揆勢を説得しようとしましたが惨殺されています。

高梨氏館の南西に築かれた陣屋です。信濃最大の5万石の天領の陣屋でした。現在は中野陣屋県庁記念館が建っています。