関宿城

  • 読み:せきやどじょう
  • 別名:-
  • 所在地:千葉県野田市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:簗田氏、北条氏、松平氏、小笠原氏、牧野氏、久世氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成26年9月5日

関宿城は、利根川と江戸川が分流する地の南東に築かれた平城です。当時は利根川が江戸湾へ注ぎ込んでいたので、利根川東岸にあたります。長禄元年(1457)頃に梁田満助あるいは梁田成助によって築かれたのが始まりとされています。その後6代に渡って簗田氏の居城となりました。北条氏が関東へ進出してくると、簗田氏は上杉謙信と佐竹義重の援助を受けて関宿城を守りますが、3度に渡り北条氏の攻撃を受けて落城。関宿城は北条氏のものとなり、北条氏の北関東進出の拠点となりました。

天正18年(1590)の小田原征伐では、ほかの北条氏の城と同様に豊臣方の手に落ちます。北条氏が滅亡すると関東には徳川家康が入り、家康の実弟の松平康元が2万石で関宿に入ります。その後、小笠原氏、牧野氏、久世氏が関宿藩主を務め、久世氏の時に廃藩置県を迎えています。明治になると一時陸軍の所管となりますが、明治8年(1875)に政府の所管となると関宿城は破却されました。その後、江戸川の河川改修と圃場整備により遺構はほぼすべて失われました。

利根川と江戸川の分流地点に建つ千葉県立関宿城博物館。
関宿城に造られた御三階櫓をモデルにしていますが、この場所は関宿城とは少し離れた場所になります。

本丸跡に建つ関宿城址の碑。
城があったことを伝えるのはこの碑だけとなっています。

本丸跡付近から見る関宿城博物館の模擬御三階櫓。

城域の西を流れる古江戸川。

江戸川の始まる関宿水門の東に築かれた城です。譜代大名が城主を務め、江戸城富士見櫓を模した御三階櫓の建つ城でしたが、その遺構は河川改修により失われています。