源範頼館

  • 読み:みなもとののりよりやかた
  • 別名:吉見御所
  • 所在地:埼玉県比企郡吉見町(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:源範頼、吉見氏
  • 文化財指定:埼玉県指定旧跡(昭和37年10月1日)
  • 訪問日:平成27年8月14日

源範頼館は、荒川西岸の平地に築かれた方形館です。源頼朝の異母弟で蒲冠者とも呼ばれた源範頼は、武蔵国横見(のちに吉見に改称)に領地を預かり居館を構えたと伝えられています。頼朝の代官として弟・義経とともに平家を打倒し、その後も源氏一門として鎌倉幕府を支えますが、建久4年(1193)、頼朝に謀反の疑いをかけられ誅殺されました。子の範円・源昭は助命され、範円は吉見氏を称し、為頼、義春、義世に至る5代がこの館に居住したと伝えられています。また、戦国時代に松山城を居城としこの地に勢力を張った上田氏は、吉見氏の後継を称しています。現在建つ息障院は、明徳年間(1390~1393)に愛宕山から移ってきたとされています。

息障院山門。

南側の堀。

北側の堀。

息障院境内。

蒲冠者源範頼の居館と伝えられています。現在は息障院が建っています。