武居城

  • 読み:たけいじょう
  • 別名:片山古城
  • 所在地:長野県諏訪市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:諏訪氏
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成27年9月21日

武居城は、諏訪湖南岸の西沢川と女沢川に挟まれた尾根上に築かれた山城です。元徳2年(1330)に諏訪五郎時重によって築かれたのが始まりとされます。時重は鎌倉幕府執権の北条高時の婿となり、信濃一円に勢力を広げていましたが、正慶2年(1333)に鎌倉幕府が倒され北条氏が滅亡する際に、時重は高時とともに自害しました。その後の城主は不明となります。

およそ150年後の文明15年(1483)、諏訪氏大祝家の諏訪継満が惣領職も独占しようとして、諏訪氏惣領家の諏訪政満とその子・若宮丸を謀殺。社家衆の反発に遭い諏訪を追われ高遠へ逃れます。翌文明16年、継満は小笠原氏、高遠氏らの力を借りて諏訪へ侵入。武井城に立てこもりますが、大祝職を奪還することは叶わずに終わっています。天文年間には諏訪頼重配下の篠原与三郎が城代を務め、天文11年(1542)武田氏が諏訪へ進攻した後は大祝が城代を務めました。天正10年(1582)に武田氏が滅亡すると諏訪頼忠が諏訪を回復。頼忠は茶臼山城を拠点としたため武井城は使われなくなり、廃城となりました。

居館跡とされる武居畑(片山)から見た武居城主要部。

居館跡とされる武居畑(片山)。
この辺り一帯は縄文時代から中世までの遺跡が重複して集中していることがわかっています。

武居畑(片山)から見た諏訪盆地。

武居畑(片山)の麓に鎮座する北斗神社。

登城道を兼ねた竪堀。

山城の東斜面に設けられた横堀。

主郭虎口。

主郭。

主郭から見た帯曲輪。
南に向かって帯曲輪が段々に設けられていますが、鹿よけのネットが張られていて立ち入りはできません。

諏訪大社上社本宮の南東に隣接する山の尾根上に築かれた城です。現在は武居城跡森林公園として整備されています。