走水番所/旗山崎台場

  • 読み:はしりみずばんしょ/はたやまざきだいば
  • 別名:-
  • 所在地:神奈川県横須賀市(Mapionで位置を確認)
  • 主要城主:江戸幕府、川越藩
  • 文化財指定:-
  • 訪問日:平成27年11月21日

三浦海岸の東海岸、浦賀水道を挟んで富津岬と向かい合う旗山崎に築かれた番所および台場です。日本武尊が東征の折にこの地を宿所としたことから御所ケ崎とも呼ばれ、宿所背後の山に旗を立てたことから旗山崎と呼ばれるようになったと伝えられています。

寛永9年(1632)に海関としてこの地に番所が築かれ、御船奉行向井氏の管轄となり、奉行屋敷が置かれました。走水番所は同時に設置された三崎番所とともに江戸へ出入りする船の取り締まりが行われました。元禄9年(1696)、走水・三崎の両番所は廃止され、その業務は下田奉行書へ引き継がれました。幕末の天保14年(1843)、外国船に備えるため川越藩により旗山崎台場が築かれました。明治18年(1885)には陸軍の砲台が置かれ、後に重砲兵学校の演習砲台として利用されました。

走水ポンプ場付近から見る走水番所/旗山崎台場。

現在、番所/台場はフェンスで囲まれ、中に入れないようになっています。

走水の海。
現在も多くの船が行き交う海上交通の要衝です。

走水の海を臨む旗山崎に築かれた番所と台場です。内部への立ち入りはできないようです。