東根城

  • 読み:ひがしねじょう
  • 別名:小田島城
  • 所在地:山形県東根市(GoogleMapで位置を確認)
  • 主要城主:小田島氏、東根氏、里見氏
  • 文化財指定:-

東根城は、日塔川が白水川に合流する地点の北側の平地に築かれた平城で、南北朝時代の正平2年(1347)に南朝方に属した小田島長義によって築かれたのが始まりとされる。応永年間(1394~1428)には東根一帯は天童氏の勢力下に入り、天童頼直の四男の頼高が東根城に入り東根氏を称した。天正12年(1584)に最上氏の攻撃によって天童城が落城すると、東根城も開城し最上氏に降伏。その後は天童氏から最上氏に寝返った里見景佐が城主を務めた。天正16年(1588)には庄内地方から侵入した本庄繁長によって東根城は制圧されるが、その後すぐに最上氏が取り返している。元和8年(1622)の御家騒動により最上氏が改易となると、東根氏も没落。東根城も廃城になったと見られる。現在は市街化が進んでいるが、池や周囲の地形に城の名残が見られる。

東根城概要図(地理院地図より)。
本丸の北に二の丸と三の丸が東西に配置され、周囲を堀が囲んでいた。

本丸の北の堀の名残の龍興寺沼。

本丸の南側に曲輪の縁の名残が見られる。

東根小学校の入口の東根の大ケヤキ。
樹齢1000年以上で東根城が築かれる前から生えている。

東根小学校付近には白壁と石垣が見られるが、これらは城を意識した模擬の建造物である。

本丸の東に建つ里見氏菩提寺の養源寺の山門。

訪城:令和2年11月20日

山形 羽前