引馬城

  • 読み:ひくまじょう
  • 別名:曳馬城、浜松古城
  • 所在地:静岡県浜松市(GoogleMapで位置を確認)
  • 主要城主:巨海氏、大河内氏、飯尾氏、江馬氏、徳川氏、
  • 文化財指定:浜松市指定史跡(昭和34年6月18日(浜松城の一部として))

引馬城は、浜松城の北東に位置する平山城で、15世紀頃に築かれたとされるが築城の経緯についてはわかっていない。永正9年(1512)、尾張の斯波氏配下であった大河内貞綱を駿河の今川氏親が破り、城を落として配下の飯尾賢連を引馬城主とした。永禄3年(1560)の桶狭間の戦いで今川義元が戦死し今川氏真が後を継ぐと、永禄3年(1563)に城主の飯尾連竜は氏真を見限り、岡崎の徳川家康と通じる。このため飯尾氏は今川氏に攻められ滅亡。引馬城には江馬氏が入ったが、江馬氏も内紛によって滅び、永禄11年(1570)に徳川家康がこの地に侵攻し引馬城へ移り住んだ。家康は引馬城を浜松城と改め、城を南へと拡張していき、元の引間城は古城と呼ばれ米蔵などが置かれた。

明治19年(1886)、旧幕臣の井上延陵が本丸跡に東照宮を勧進。本丸のほかは市街化が進んでいる。

引馬城縄張図(現地案内板より)。
のちの浜松城の北東部に位置し、4つの曲輪が設けられていた。
北西の古城に本丸が設けられていたと考えられる。

本丸を西側から見たところ。
現在駐車場になっているところは往時の堀であり、周囲より高くなっているのがわかる。

本丸。
現在は元城町東照宮の境内になっている。

東照宮境内の徳川家康像と豊臣秀吉像。
家康は引馬城主として関わり、秀吉は今川氏配下松下加兵衛に仕官していたときに加兵衛に連れられて引馬城を訪れたことがあるという。

訪城:令和3年3月20日

静岡 遠江