平塚城
- 読み:ひらつかじょう
- 別名:−
- 所在地:東京都北区(GoogleMapで位置を確認)
- 主要城主:豊島氏
- 文化財指定:-
平塚城は、隅田川西岸の台地端に築かれた城で、平安時代に豊島近義が築いたのが始まりとされる。後三年の役では、源義家が帰路の逗留地とし、近義の饗応に感謝して鎧と守り本尊の十一面観音を下賜した。義家の死後、近義は賜った鎧を場内に埋めて塚を作り、これが平塚の地名の由来になったと伝えられる。
文明14年(1478)、泰経の時代に太田道灌の攻撃を受けて落城する。平塚城を追われた泰経は小机城へ敗走。その後の足取りは不明となっている。
現在は平塚神社の境内となり、周辺は市街化が進み、遺構はほとんど見られない。
上中里駅から見る平塚城。
現在の上中里駅は平塚城の真裏の麓にあたる。
平塚神社の境内になっている主郭。
平塚神社の東側の蝉坂。
太田道灌が平塚城を攻める際に通った坂で、攻め坂が訛って蝉坂になったという。
訪城:平成28年8月14日
東京 武蔵