稲付城
- 読み:いなつけじょう
- 別名:−
- 所在地:東京都北区(GoogleMapで位置を確認)
- 主要城主:太田氏
- 文化財指定:東京都指定史跡(昭和36年1月31日)
稲付城は、隅田川西岸の台地端に築かれた城で、太田道灌によって築城されたとされている。道灌の死後、孫の資高が居城してやがて北条氏に仕え、その子の康資は北条家臣として岩淵郷の5ヶ村を所領した。しかし、永禄7年(1564)の第二次国府台合戦において北条氏を裏切って里見氏に寝返り、康資は合戦に勝利した北条氏によって武蔵を追われることとなった。太田氏の旧領は北条氏秀によって支配され、稲付城は北条方の城となったと思われる。
現在は主郭が静勝寺の境内となっているほかは市街化が進み、遺構はほとんど見られない。
赤羽駅付近からの稲付城遠望。
中央の木の茂っているあたりが主郭。
静勝寺の入口に建つ城址碑。
ここが稲付城の築かれた台地の端に当たる。
城址碑から北側を見たところ。
台地の縁にであることがわかる。
現在は静勝寺の境内になっている主郭。
道灌の死後に建てられた道灌寺を前身としている。
道灌の木像が安置されている道灌堂。
訪城:平成28年8月14日
東京 武蔵