品川台場
- 読み:しながわだいば
- 別名:−
- 所在地:東京都港区、品川区(GoogleMapで位置を確認)
- 主要城主:江戸幕府
- 文化財指定:国指定史跡(大正15年12月20日)
- 続日本100名城(124番)
品川台場は、品川沖の東京湾上に設置された7基の砲台で、ペリーが浦賀に来航した嘉永6年(1853)に江戸防衛を目的として幕府によって築かれた。第一から第七までの台場が築かれ(うち第四、第七台場は未完成)、さらに現在の豊洲方面に4基の台場が建造される計画であったが、日米修好通商条約の締結により建造は中止された、結果、品川台場は一度も火を吹くことなくその役目を終えている。
7基のうち第一、第五、第四台場は周囲を埋め立てられ市街地化したことにより消失。第二、第七台場は船舶の航行の支障となるため撤去された。現在は第三、第六台場が残されている。
品川台場概略(地理院地図を加工)。
品川沖から北東に向かって7基の台場が建造された。
お台場ビーチから見る第三台場。
奥に第六台場が見える。
レインボーブリッジから見る第三台場全景。
ほぼ正方形である。
第三台場の石積。
武者返しがつけられている。
第六台場も同様の石積であり、現存しない他の台場も同様であったと思われる。
第三台場東端の土塁上から第三台場内をみたところ。
第三台場を取り囲む土塁。
第三台場陣屋跡の礎石。
第三台場の北端に設けられた本来の虎口。
第三台場虎口から延びた船着場。
第三台場土塁上に設けられた砲台のレプリカ。
第三台場内に復元されたかまど跡。
レインボーブリッジから見る第六台場。
ほぼ五角形で第三台場の西方約250メートルに建造された。
現在は海鳥の保護のため立ち入りが禁止されている。
第四台場は現在の天王洲アイル水辺広場のあたりに建造されていた。
訪城:平成23年5月28日、平成26年8月15日、令和6年5月4日
東京 武蔵