権現山城

  • 読み:ごんげんやまじょう
  • 別名:狩野川の城
  • 所在地:神奈川県横浜市神奈川区(GoogleMapで位置を確認)
  • 主要城主:上田氏
  • 文化財指定:-

権現山城は、帷子川河口北岸の権現山に築かれた平山城で、上田政盛によって築かれた。観応3年に新田義宗・義興兄弟に攻められた足利尊氏が立て籠もった狩野川の城が権現山にあったとも考えられているが、確証はない。永正7年(1510)、扇谷上杉氏に仕えていた上田政盛は伊勢盛時に味方して謀反を起こし、権現山に砦を築いて立てこもった。これに対し扇谷上杉氏と山内上杉氏は城を包囲し、援軍に駆けつけた伊勢盛時の軍勢を撃破(権現山の戦い)。合戦は両上杉方の勝利に終わったが、その後扇谷上杉氏の力は弱まり、後北条氏が関東に勢力を広げていくこととなった。その後は権現山城の名は見えず、隣接する青木城に取り込もれたとも考えられる。幕末、神奈川台場の造成にあたって土取場となり、山頂部は大きく削られた。また、明治になると高島台とつながっていた部分には東海道本線が通り、独立した山となった。このため権現山城の遺構はまったく見られない。現在は幸ケ谷公園となっている。

青木城のあった本覚寺から見る権現山城(中央の山)。
往時は青木城から権現山城まで尾根がつながっていたが、東海道本線の開通によって削られている。

権現山城跡に造られた幸ケ谷公園。
神奈川台場の造成にあたって山頂部は大きく削られたため遺構はまったくない。

幸ケ谷公園から見る青木城

訪城:平成30年9月2日

神奈川 武蔵