真田氏館
- 読み:さなだしやかた
- 別名:御屋敷
- 所在地:長野県上田市(GoogleMapで位置を確認)
- 主要城主:真田氏
- 文化財指定:長野県指定史跡(昭和42年10月23日)
真田氏館は、神川東岸の丘陵上に築かれた城館で、真田幸綱(幸隆)によって築かれたとも真田信綱によって築かれたとも伝えられる。その築城年代は幸綱が武田氏の信濃先方衆として天文20年(1551)に戸石城を攻略した頃からと推定されている。幸綱の死後は長男・信綱が後を継ぐが、天正3年(1575)の長篠の合戦で武田側に参加していた信綱と次兄昌輝が戦死。これにより、武藤氏の養子となり武藤喜兵衛と称していた幸綱の三男・昌幸が家督を継ぐこととなった。天正10年(1582)、武田氏が滅亡。翌天正11年(1583)には上田平に新たな居城・上田城の築城を開始した。上田城は天正13年(1585)に完成し、これにともなって真田氏館は廃された。現在敷地に立つ皇大神宮は、館敷地の荒廃を防ぐため勧請されたものと伝えられている。現在は御屋敷公園となっている。
真田氏館縄張図(現地案内板より)。
東西二つの曲輪を土塁が囲んでいた。
館の南面に設けられた追手門。
土塁の断面は半円形になっている。
西曲輪を北側から見たところ。
館内は東から西に向かって緩やかに傾斜し、西曲輪は館内で最も低い箇所になっている。
西曲輪の北西端に設けられた厩の跡。
館の北面に設けられた搦手門。
東曲輪。
つつじの名所にもなっている。
東曲輪内の皇大神宮。
昌幸が館跡の荒廃を防ぐために勧請したもの。
館内の最高所で、屋敷はこの場所に建っていたと思われる。
訪城:平成19年5月19日、平成25年8月3日
長野 信濃