館山城
- 読み:たてやまじょう
- 別名:根古屋城
- 所在地:千葉県館山市(GoogleMapで位置を確認)
- 主要城主:里見氏
- 文化財指定:館山市指定史跡(昭和35年6月16日)
館山城は、館山湾最奥部の南岸の城山に築かれた平山城で、天正8年(1580)に里見義頼によって築かれた。天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原征伐に際し、里見氏は三浦半島、鎌倉方面へ進軍したが、この行為が惣無事令に反するとして咎められ、上総国の領地を没収されることとなった。これにより翌天正19年)、里見義康はそれまでの居城でった岡本城から館山城へ拠点を移した。この頃の館山城は港も取り込む規模であったとも言われる。慶長19年(1614)、小田原城の大久保忠隣の改易に連座する形で里見氏は改易され、館山城は廃城となった。天明元年(1781)、稲葉正明が館山藩に入ったが、館山城は再建されず、息子の正武は南麓に陣屋を構えて新たな政庁とした。
館山城跡は太平洋戦争時には機関砲陣地となり、頂上部はかなり改変されている。現在は城山公園となり、頂上部には昭和57年(1982)に模擬天守が築かれている。
館山城周辺図(地理院地図を加工)
北麓の駐車場から城山を見上げたところ。
二の丸的位置づけだったとされる千畳敷。
城山(本丸)の削平に伴い発生した残土を埋め立てて造成されたと考えられている。
本丸的位置づけの城山。
昭和57年(1982)に築かれた模擬天守が建つ。
太平洋戦争時には高射砲陣地が置かれ、その際に頂上部が改変されている。
模擬天守から館山湾を見たところ。
城山から南へ向かって伸びる尾根。
南麓に建つ八遺臣の墓。
里見八犬伝のモデルになったとされる。
訪城:平成29年7月2日
千葉 安房